Lectures from Memezawa Medical Clinic

ルンド大学学位論文 日本語抄録

ラットにおける局所脳虚血

---虚血障害進展に関与する因子の検討---

 脳卒中は成人病の早期発見・治療により発生率が低下し、抗脳浮腫剤・脳循環代謝賦活剤などの進歩によりある程度の治療効果を得られるようになったが、日本人・スウェーデン人など、塩分を多く取る民族にとってはいまだ解決すべき問題を多く残した疾患である。脳卒中の病態を解明するため、動物実験をもちいた実験モデルによる研究が行なわれており、これまでに病態生理の解明・治療方法の検討に多大な足跡を残してきた。1981年、Astrupらにより提唱された"ischemic penumbra"の概念は、脳卒中により虚血状態となった脳組織のうち、適切な治療が行なわれた場合に回復が見込まれる領域の存在を示唆したものであり、今日に至るまでその特性・治療方法が検討されている。

 本研究は、(1)ラットを対象とした局所脳虚血、すなわち脳卒中をシミュレートする中大脳動脈閉塞モデルを新たに開発し、(2)そのモデルにおいて虚血巣およびischemic penumbraと考えられる領域の脳血流・脳代謝・病理組織学的変化を検討し、さらに(3) ischemic penumbraが不可逆的な脳梗塞に陥ること、すなわち虚血障害の進展に関与する要因を検索・評価したものである。

 局所脳虚血の作成は、小泉らによって開発された糸付きシリコン塞栓子を内頚動脈から挿入し、中大脳動脈起始部を閉塞する方法(Koizumi et al. 1986)をもとに、塞栓子本体を柔軟で径の太い単線維ナイロン糸に変更し、さらに挿入の確実性を増すためにガイドシースを併用する方法を開発した。この方法は塞栓子の製作が容易で挿入が確実に行なうことが出来、血流再開が簡単かつ確実に行なえる特徴がある。

 本モデルにおいて作成された脳虚血は、24時間の永久閉塞にて得られる虚血病巣が中大脳動脈灌流域のほぼ全域に及ぶ均一なもので、再現性があることが実証された(paper 1)。また、放射性同位元素を用いた局所脳血流量の測定では閉塞60分にて虚血巣:penumbra領域が反対側健常部位の4-8%:15-20%に低下し、逆に血流再開を行なうと反対側の19%:47%に回復することが確認され、また再開通状態のSham operationでは反対側の約85%以上の血流が確保されていた(paper 1, 3)。

 虚血導入早期における脳代謝諸量につき、高血糖を負荷した群を加えて虚血5、15、30分の条件で検討を行なった。正常血糖状態では、エネルギー状態を反映するATPが虚血巣:penumbra領域にて反対側健常部位の約30%:70%と枯渇し、組織障害を反映するlactateが同じく約6-7倍:約4倍も蓄積することが判明した。高血糖負荷は(a)高濃度糖液の緩速静注法、および(b)streptozotocin注による糖尿病惹起法により作成し、虚血30分の条件で検討を行なったが、両者間の差異は認められず、正常血糖群と比較してATP値とlactate値の増加が認められた(paper 2)。

 虚血を生じた組織に血流を再開することは、最もシンプルな虚血の治療法である。虚血作成・再開通後7日間を経た動物の病理組織学的検討では120-180分を越える虚血の後の血流再開では梗塞巣は24時間永久虚血のものと差異が見られず死亡率が50%におよび、30-90分の虚血では虚血時間の短縮に伴い梗塞巣が縮小化し、さらに15分以内の虚血では梗塞巣の出現を認めなかった。これは、虚血時間が120-180分を越えると、血流が再開されても脳組織は回復を期待出来ず、逆に血流再開が脳浮腫の増大の原因となり、予後を悪化させることによると考えられた(paper 3)。

 いくつかの薬剤による治療も、中大脳動脈閉塞後の虚血性障害を軽減することがこれまでに報告されている。その例としては、(a)ある種のカルシウム拮抗剤、(b)NMDAレセプター阻害剤、(c)AMPAレセプター阻害剤、(d)フリーラジカル消去剤などがあげられる。今回の研究では、フリーラジカル消去剤のひとつであるDMTUおよびNMDAレセプター阻害剤のひとつであるMK-801を実際に中大脳動脈閉塞を行なった動物に投与し、その効果を検討した。DMTUは60分虚血-24時間再開通のモデルで検討した。温度管理を行なわなかった群ではDMTUは梗塞容積を縮小化する効果を発揮したが、虚血後体温をコントロール群と等しくなるように加温したところ、梗塞容積は両群間で差異を認めなくなった(paper 4)。また、MK-801を24時間の永久閉塞モデルにおいて、虚血作成直前1回および虚血作成直後+12時間後計2回投与の2種の投与方法で検討したが、どちらもコントロール群と差異を認めなかった(paper 5, 6)。 この二つの薬剤投与の際の検討から、この方式の中大脳動脈閉塞モデルでは虚血中に体温が39.0-39.5°Cまで上昇することが認められた(paper 4, 5)。これは覚醒中のラットの自由運動時の平常温38.0°C (Dahlgren et al. 1981)よりも高く、高体温は虚血性脳細胞障害を悪化させるという事実(Minamisawa et al. 1991)から想定されるように、薬剤の治療効果を発揮し得なくするものと考えられた。こうした虚血中の高体温は脳の温熱中枢がその虚血領域に含まれることが一因であろうと考えられるが、まだ結論するには尚早である。

 本モデルでは、均一で広い虚血巣を持つ中大脳動脈閉塞が確実に作成可能で、再開通時の血流量も十分確保され、脳代謝諸量も虚血巣とpenumbra領域とですでに虚血早期で差異が生じていることが証明された。虚血巣周囲のpenumbraにかかわる要因としては、再開通までの虚血時間および虚血中の温度管理が、薬剤による治療に優先することが示唆された。


references:

(Paper 1) Memezawa H. Minamisawa H. Smith ML. Siesjo BK. Ischemic penumbra in a model of reversible middle cerebral artery occlusion in the rat. Experimental Brain Research. 89(1):67-78, 1992.

(Paper 2) Folbergrova J. Kiyota Y. Pahlmark K. Memezawa H. Smith ML. Siesjo BK. Does ischemia with reperfusion lead to oxidative damage to proteins in the brain?. Journal of Cerebral Blood Flow & Metabolism. 13(1):145-52, 1993 Jan.

(Paper3) Memezawa H. Smith ML. Siesjo BK. Penumbral tissues salvaged by reperfusion following middle cerebral artery occlusion in rats. Stroke. 23(4):552-9, 1992 Apr.

(Paper 4) Kiyota Y. Pahlmark K. Memezawa H. Smith ML. Siesjo BK. Free radicals and brain damage due to transient middle cerebral artery occlusion: the effect of dimethylthiourea. Experimental Brain Research. 95(3):388-96, 1993.

(Paper 5) Memezawa H. Zhao Q. Smith ML. Siesjo BK. Hyperthermia nullifies the ameliorating effect of dizocilpine maleate (MK-801) in focal cerebral ischemia. Brain Research. 670(1):48-52, 1995 Jan 23.

(Paper 6) Zhao Q. Memezawa H. Smith ML. Siesjo BK. Hyperthermia complicates middle cerebral artery occlusion induced by an intraluminal filament. Brain Research. 649(1-2):253-9, 1994 Jun 27.


この学位論文をまとめた小冊子はまだ残部があります。ご希望があればお送りいたしますのでご連絡下さい。

[主文および採用文献複製は英文です]

連絡先 e-mail: phd@memezawa.com


| memezawa.comトップページ | 目々澤醫院のご案内 | memezawa Med-Press |

Copyright (C) Hajime Memezawa 1996