日経ビジネス 2003年4月号掲載

「物忘れにも『警戒レベル』あり」

 Med-Press 007「どんなボケが危ないか」をご覧になった日経Med Waveの内山さんから取材の申し込みがあり、「少しでもお役に立つなら」ということで1時間ほどダラダラとお話ししたネタです。内山さんの手にかかってこのように素晴らしくまとめられました。正常圧水頭症のことで後日ご迷惑をおかけしてしまいましたが、これは、あくまでビジネスマンを対象とした「成人の」状態についての記述です。どうかお間違えのないようご覧ください。


「課長、Y商事のMさんからお電話です」
「しまった!」
取引先とのアポイントメントを、すっかり失念していたDさん(43歳)。どうもこのごろ、物忘れがひどい。もしや、ボケの始まりか?


 人の名前や電話番号、果ては大事な約束をころっと忘れてしまう−−。こうした「物忘れ」は、ビジネスマンにとって深刻な問題だ。
 だいたい40歳代から、物忘れがひどくなる人が多いようだが、これには二つ理由がある。一つは、加齢による脳の記憶容量の低下。そして、忘れられがちなもう一つの理由は、仕事の性質が変化することにある。
 30歳代までは、いわば人に使われる立場であり、自分の仕事内容だけを覚えていればいい。ところが40歳代になると、他人を「管理する」仕事が業務に含まれてくる。覚えなければならないことが、実は30歳代よりもぐんと増えるのだ。

●記憶を正せない物忘れが危険
 とはいえ、このような記憶障害の大半は、痴呆とは無関係である。冒頭のDさんにしても、取引先から電話がかかってきた時点で、約束をしていたことを思い出せている。
 本当に危ないのは、「約束をした」ことすら思い出せない物忘れだ。
 忘れていたことを思い出す、つまり埋もれていた記憶を取り戻すという過程では、「記憶の訂正」が行われている。他人からの指摘などを通し、記憶を訂正するという作業ができている間は、痴呆を心配する必要は無い。
 しかし、約束そのものが思い出せなかったり、身に覚えの無いことで苦情を受ける、話のつじつまが合わない、といったことが頻繁に起こるようになると、記憶の訂正ができない危険な状態に陥ったと判断せざるを得ない。
 こうした危ない物忘れは、脳梗塞などの後遺症で脳が萎縮して起こる脳血管性痴呆と、一見して脳に異常はないのに記憶だけが抜け落ちるアルツハイマー病とに大別できる。後者は若い人でも発病することがあり、いずれも、今の医学では完全に治すことはできない。だが、早く見付ければ、病状の進行を遅らせることはできる。
 また、同じような記憶障害を示す病気の中には、「手術で治る痴呆」も含まれている。早く手を打つためにも早期発見が大切になるわけだ。

●物忘れには手術で治るものも
 手術で治る痴呆の代表例は、慢性硬膜下血腫や水頭症、巨大脳動脈瘤のために起こる、一時的な記憶障害。いずれも60歳代以降の高齢者に多いが、若い人でも起こり得る病気だ。
 慢性硬膜下血腫による記憶障害は、頭を強くぶつけた時などに、硬膜の下で血管が破れ、じわじわと血腫が脳を圧迫することで起こる。水頭症の多くは、むち打ち症など頚椎のけがの後遺症として生じ、脳脊髄液の流れが悪くなって脳室に水がたまることで脳が圧迫される。脳動脈瘤は脳の血管の枝分かれにできたこぶで、巨大になると内部に血栓が生じ、それが周囲に飛んで脳の血の巡りを悪化させる。
 こうした病態はいずれも、神経内科や精神科で物忘れの検査を行えば発見できる。物忘れの検査には時間がかかるので、できれば物忘れ外来などの専門外来を受診するといいだろう。

(談話まとめ:内山 郁子さん=日経MedWave)


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