江戸川区医師会内科系臨床研究会 記録

第59回(平成15年10月29日)

呼吸器疾患における運動療法

演者:昭和大学豊洲病院 内科助教授
田中一正先生

<講演会要旨>

●はじめに

 慢性閉塞性肺疾患:COPDは、「肺の生活習慣病」とも呼ばれ、最近死亡原因での順位が上がってきている疾患である。この中には気管支喘息・慢性気管支炎・びまん性汎細気管支炎などが含まれており、症状としては慢性の咳・たん・を有し、進行性の呼吸困難を呈する。そして、その原因の大半が喫煙によると考えられている。病態的には肺がふくらみすぎて呼吸がしづらくなる→酸素不足→慢性疲労→労作困難→活動性低下という悪循環から「苦しくて日常生活ができなくなる」疾患である。
 本疾患のステージ分類で、「0」に当たる状態は「数ヶ月続く咳・たん」であり、「1」に当たる状態はそれに加え「わずかな息切れ」が加わる。これらの状態の場合、1秒率は70%を割っているものの本人は肺機能異常に気づいていないことが多い。しかし、こうした状態が判明した時点で、吸入βブロッカーなどの薬物治療だけでなく、適切な運動療法を開始する必要がある。

●呼吸理学療法とは

 呼吸理学療法は、リラクゼーション効果をひきだすための手法であり、1)呼吸補助筋のストレッチ、2)呼吸介助法、3)呼吸筋ストレッチ体操などがある。これらは、胸部への直接的なアプローチを含んでいる。実際、これらの方法によりアプローチを行うと残気量を減らし、呼吸苦を軽減することができる。
 呼吸困難が生じるメカニズムは、呼吸運動の努力感・不随意呼吸中枢の出力の感覚・CO2、O2レセプターからの入力といった呼吸中枢および末梢から生じる体感情報のミスマッチによって生じる。これを是正することが胸郭アプローチ理学療法である。
 横隔膜には筋紡錘が少なく、肋間筋には筋紡錘が多く、そのため、肋間筋は「拡がる」「閉じる」を敏感に感じることが出来る。このうち、上位肋間筋は吸息筋であり、下位肋間筋は呼息筋となっている。すなわち、息を吸う時に吸息筋にバイブレーションをかけると楽になるが吐く時に同じことをすると苦しさを感じる。呼息筋はこの逆である。呼吸筋ストレッチ体操は呼息筋・吸息筋それぞれに上と同様の刺激を加えるストレッチ方法である。呼吸困難のある人にこれを実施させると呼吸数も安定して低下し、困難感が減少する。6分間歩行試験(6分間でどれだけの距離を歩けるかを調べるテスト)の改善も認められる。機能的残気量も減少する。上位胸郭可動性も改善する。


 

●呼吸訓練方法の実際

1)呼吸筋トレーニング
 旧来よりある方法で、トリフローII、ボルダイン、インスピレックスなどの機器を用いる方法。吸気筋力は上がる。
2)口すぼめ呼吸
 呼吸苦を有する患者が自然に行っている呼吸であり、持続することにより呼気側の筋力をつけることが出来る
3)腹式呼吸
 臥位にて行う必要がある。女性には難しい、末期になると不可能などの問題がある。
4)体感訓練
 呼吸苦を伴う患者によく見られる、猫背のままだとうまく呼吸できないため、姿勢を矯正し、曲がりを直して呼吸させる。理学療法としては、ゴム座に座らせてバランスを取らせ、背筋を曲げ伸ばしさせるという方法をとらせる。この訓練により肺活量が上がり、呼吸数も下げることが出来る。この理論の実際面として、例えば、在宅酸素療法にしても外出時に用いるボンベの運搬方法も手引きカートから手押しカートに変更することによって姿勢を正すことができ、心拍数や呼吸数を下げることができる。
5)排痰法
 Squeezing(おしこみ)、胸部叩打法、バイブレータなどがある。胸郭外胸部圧迫法(External Chest Compression : ECC)もこの方法のひとつであるが、その1例として、船橋式プレホスピタルケアを紹介する。ぜんそく救急に際しては病院外(病院に到達するまでの間)での死亡が多いことが知られているが、船橋市立医療センター救命救急センターの境田 康二らは、ドクターカーによる緊急出動とECCを併用した結果、パルスオキシメータによる酸素飽和度を89%から98%に改善し、ぜんそく患者の安全な搬送を可能にした。なお、この対象患者の94%が「楽になった」という印象を残している。これには「患者の体にさわってあげること」による安心感の付与も重要と考えられる。
6)リラクゼーション
 胸部可動域(胸郭コンディショニング)の改善と上肢・下肢機能の改善をねらい、「呼吸筋ストレッチ体操」というカタチにして患者へ提供する(後述)。
7)歩行による持久力トレーニング
 1回の持続時間を5分から開始、20分を目標にさせ、週に3回以上、能力の60%程度の速度で実施させる。
8)下肢筋力トレーニング
 持久力トレーニングを週に最低2-3回実施することが望ましい。

●運動療法の初期アセスメント

 これらの方法を取り混ぜ、患者ごとにどの理学療法を行うべきかを決定するにあたっては理学療法士による正確な病態把握の必要があり、できれば専門医療機関によるメニュー作成が必要となる。このためには病診連携が重要である。むろん、昭和大学豊洲病院でも開業医からの患者さんの紹介を喜んで受け入れている。だいたい数回の外来受診と運動療法訓練で済むため、患者さんの遠隔通院の支障も大きくないものと考えられる。

●呼吸体操教室の効果

 こうした訓練を1年間持続した結果、1)体が軽くなった、2)爽快感が得られた、3)息が楽に吸えるようになった(これのみは効果が6ヶ月でプラトーに達し、それ以上は改善しない)などの効果が確認された。また、QOLの改善にともない、1)家族にかけている負担を軽減したのを実感した、2)同様の疾患を有する他の患者さんたちを身近に感じることが出来た、3)自分を支えてくれる人たちを親密に感じる、などの副産物を生じた。


●呼吸筋ストレッチ体操

講演の終わりに、ビデオの供覧により呼吸筋ストレッチ体操の実際が紹介された。この体操については、独立行政法人環境再生保全機構にてパンフレットが用意されている。また、同機構に問い合わせれば本講演にて供覧されたビデオを入手することができる。


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